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2012/03/19

ウォーキングコース

私の今のウォーキングコースの野々池の周りです。

てくてく歩いて野々池に直行せず遠回りルートで行きました。
今日は天気がよくて気持ちいいです。手袋もちょっと暑いぐらいです。
まずは林崎掘割の起点というか最終点。
林崎掘割碑
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林崎掘割とは
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/syogaigakusyu/hayasisosui.htm
を引用

今の新幹線西明石駅から鳥羽(とば)小学校のあたりは、昔 水が少なく日照りが続くと、田んぼの稲が枯(かれ)てしまい食べるものが無くなり困っていました。それが毎年のように繰り返すため、村の人々はどうすれば田んぼに水をふやせるかと、来る日も来る日もそのことばかり考えていました。
そして、今から350年ほど前、明暦(めいれき)三年(四代将軍家綱の時、1657年)この林崎地方の大庄屋(町長さん)であった伊藤次郎左衛門(ざえもん)さんは、ほかの六ケ村(和坂(かにがさか)、鳥羽、林、東松江、西松枝、藤江)の代表者 11人と相談し、明石川の上流から鳥羽の野々池(ののいけ)まで水を引こうと相談し話をまとめました。
そのころ、和坂村に山崎宗左衛門(そうざえもん)さんという名の通った測量士(そくりょうし)がいました。この人に用水路の測量をお願いすることにしました。測量を任(まか)された山崎宗左衛門さんは、明石川上流の黒田村(西区平野町)の西戸田に堰(せき)を造り、そこから鳥羽の野々池までの用水路のルートを決めるため、毎夜 7日間、提灯(ちょうちん)を持った人に用水を通そうとするルート附近にならんで立ってもらい、火のならびぐあいで土地の高低を測定しました。山崎宗左衛門さんは取り入れ口の西戸田から西南にむかって、なだらかにつらなる竹林の中を通して、鳥羽の野々池まで用水を引くのが一番いいと考えました。
伊藤次郎左衛門さんら 12人は、5代目明石城主(じょうしゅ)・松平忠国(まつだいらただくに)に掘割工事(ほりわりこうじ)をすることの許しを願い出ました。忠国は工事の難しさに不安を感じ、すぐには許しませんでした。庄屋さんたちは「もし工事が成功しなかったときはいかような罰(ばつ)でもうけます」と、この掘割工事に命をかけている気持ちを伝えました。
この決意(けつい)を聞いた忠国は、役人に工事の内容を詳しく調べさせたうえで工事を許しました。

うーむ、読んでみると石器の出土する野々池遺跡とか興味深い話がありますね。
今は野々池は飲料用にも使われています。
地元の人に聞くとその人が子供の頃はブラックバスを狙って釣りに行ってたそうです。
夜に行くと裸のオッサンが泳いでいたそうです。
まあ、石器時代から人がうろうろしてたようですからオバケの一人や二人いてもおかしくありません。
このあたりには古墳もあるそうですがほとんどわからないそうです。

野々池を一周するとちょうど2kmになります。近所の人たち、中学、高校が近くにあるのでそこの生徒達がいつも走ったり歩いたりしてます。

そこから眺める風景。
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この方向の藪の中には宗賢神社というこの辺りに点在する神社があります。
明治に入るまでは王子権現と呼んでいたそうです。
第23代顕宗天皇(於奚王子)、第24代仁賢天皇(袁奚王子)というこの辺りに隠れ住んだ兄弟皇子を祀ってます。
どちらも「おけ」と読みます。おけおけ伝説なるものがあるそうです。
日本書紀に載っている神話の頃の天皇ですが、何らかの史実があったのだろうとのことです。

さてさて野々池から離れて別のため池へ移動です。このため池は怪しい感じのところだったんですが、最近整備されてえらく綺麗になりました。
20120318ike
ちょっと綺麗にしすぎな気もします。
なんか水鳥が4羽泳いでました。カモじゃないなあ。カイツブリ?

説明の板が建ってました。
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「黒星池」とちょっと変わった名前ですね。
ヌートリアいたのかよっsign02
黒星の名前の由来になった「ヒシ」という珍しい植物も自生しているとのことですが、これだけ整備されちゃったら絶滅してるんじゃないでしょうか?

何はともあれ今日は1時間半のウォーキングでした。
春を感じる暖かい日差しで気持よかったです。happy01


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